青葉の森 30キロラン

 2月15日は晴れ、千葉市の青葉の森で、ランニングの大会が行われた。色々な種目があるが、小生は、30キロにエントリー、10時40分から走った。年末から左足に違和感を覚え、最近は筋が伸びないという悩みにさらされながら、1月8日にはカイロプラックテイスを受け、それ以降は、ストレッチを中心として調整してきて、今回のエントリーとなった。それまでの走行距離は100キロくらいだった。最初から、半分までは、5分30秒のペースメーカについていく事が出来たがそれ以降は、崩れた。最後まで、走れたが、時計は、3時間弱という結果に終わった。15キロまでは、足を気にせずに走れたが、それ以降は、痛みとの戦いになった。棄権をせずにゴールしたが、自分としては、いまいちだった。体調管理の大事さをしみじみと感じた大会だった。一緒に走った、長谷部さん、佐藤さん、黒岩君には、はげまされた。仲間がいるというのは、お互いに励みになるし、お互いが成長できるチャンスがあるという事で、素晴らしい、機会である。走り終わって、自分の体の状態が悪くなっていない事を確認にして、安心した。

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2020年最初のML(甘夏)

 青果店を覗いた。あった、甘夏が多分産地は、熊本だろうと思った。4個ほど買ってきて、MLづくりを始めた。買ってから5日程経っていた。いつもの手順は変わらない、シンプルにするために、材料は、甘夏のみにした。皮を剥き、短冊状に切った。端は使わない。3個分を作り、煮こぼして、1昼夜、水にさらす。次の日に、実の方の果肉を集める。種を分ける。種を金網に入れて、つるして一緒に煮ると、ペクチンが取れる。煮込むためには、白ワインを300グラムくらいいれて、ひたひたにする、20分ほど煮て、皮(新しい川と冷凍の去年の皮を1:1くらいで入れた。)を投入して、砂糖を200グラム入れる。40分ほどで完成だ。ペクチンの量を気にしていたら、足りないことがわかり、リンゴのペクチンの粉を追加した。すっきりした味のMLに仕上がった。250グラムで4瓶ほどの量になった。いつみてもきれいな黄色である。69回めの作成であるのでM69と記入した。

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2001年の年賀状・・・

21世紀 謹賀新年

 

通信で(謹んで)新年のご挨拶を申し上げます。本年も(本世紀も)よろしくお願い申し上げます。

 

20世紀それは、戦争と革命の世紀と生徒に教えてきました。確かに大局的にみれば、そうでしょう。しかし、

自分史的に見れば20世紀は特に自分が生きた後半は、戦争と革命を身近に見ながら自分のものにできなかった、

そんな世紀に思えます。自分自身の自己変革をしたようで、できない自分の存在を何度意識したことでしょうか、

そんな中で暮らしを作ってきたような気がします。

 

21世紀は自分に忠実に生きていくしかないような気がします。自分の意識を確認しつつ、自分のやりたいことを

意識しながらそれをどう実現していくか、或いはそれをどう抑えていくか。そのへんが、これからの勝負だと

思います。自己と他己との共存、それがこれからの課題だろうと思います。ますます狭くなる地球で自分の真価か

問われるそんな時代かな思います。自分という狭い殻と自分以外というひろい殻の調和をどうとるかが問題です。

 

考えながら毎日生きていきましょう。   21世紀のご健闘を祈ります。

 

2001年1月1日                               川井益雄 自宅にて

 

 

というファイルを見つけたのでアップします。

20年前の自分が見えるような気がしました。45歳の自分のありようがあらわれて

いるような印象を持ちました。現在に自分は、どうだろうか、自問自答です。

人は、自分は何だろう、どうゆう生き物なんだろうかと絶えず問い続けて生きていくような

気がします。ある時、わかったと思いながら、またわからないなあとぶつぶつ言いながら

今日も一日が終わる。この年の9月、世界貿易センタービル2棟がテロで崩れる。テロとの

戦争が始まる、今も終わらない。

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2019年が終わり、2020年の年賀状

 数時間早いですが、2020年の年賀状を公開させていただきます。生活リズムが夜中まで持たないのでお許しください。今読んでいる本は、『脳を鍛えるには運動しかない』と『人はなぜ走るのか』です。この本に出会えてうれしかった。人間とは何か、男とは何か、女とは何かという基本的な質問に人間が一番長く生活した中で、獲得して固定化していった習性、つまりDNAの構成を教えてくれるような気がしたからだ。文明が発展して、人は進化したが、依然として争いは絶えることはない。寿命は延びたが、多くの人が、病気で苦しみ続けている。男と女しかいないけれども、その中の問題は一向に解決しないし、むしろ複雑化している。健康志向のブームがいつ果てるともなく続いている。これらの問題の背後にあるのは何だろうか。文明の進歩が人間の生活リズムの時計を超えて、進んでいる。人が追い付いていないというのが現状ではないかとすら思える。人間の本性を考えながら日々生活するのは、楽しいものである。果たして解明できるのだろうか。いま考えているのは、理想的な人間の生活リズムの原点は、一番長い時期を人類が経験した、狩猟採集時代に求める事が出来るのでないだろうか、という事である。走りながら考えていると、疑問の一つ一つが成程という言葉とともに頷けるのが不思議である。人は動物である。ゆえに動くものである。従って、歩く走る事が好きである。むしろ走らないと、いらいらするかもしれない存在なのかもしれない。

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建仁寺垣根を作る

 11月23日と24日は、建仁寺垣根の制作に携わった。あいにく、両日とも雨の様子で、作業は困難を極めた。午前中から解体を行った。1坪と45センチ幅の直角の垣根がついた、生垣だった。両面張りだったので、立子の数は、42枚と10枚だった。解体を進めるうちに、構造がよくわかってきた。胴縁の中には細い木の棒が入り、立子と立子に間には、竹の薄い板が入って、立子の整列を導く構造になっており、立子の固定には銅線が使われていた。緻密な構造だった。柱は、セメントの上にねじ止めだった。胴縁の中の木と、針金の構造を受け継ぎながら、作業を進めて、立子の整列までやった。胴縁の取り付けは、仮止めまでになり、次に日になった。次に日は、胴縁をつけながら、棕櫚縄で締めながら、両端を釘打ちした。4か所、三ケ所、交互に行って、最後の頭まで行った。1日半の仕事だった。両面の建仁寺垣根は、大変だ。二人でないと出来ないことが分かった。とてもいい勉強になった。棕櫚縄の結ぶはまだまだだ。

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